November 29, 2011
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伊集院光「僕は落語家になって6年目のある日、若き日の談志師匠のやった『ひなつば』のテープを聞いてショックを受けたんです。『芝浜』や『死神』ならいざ知らず、その時自分がやっている落語と、同じ年代の頃に談志師匠がやった落語のクオリティーの差に、もうどうしようもないほどの衝撃を受けたんです。決して埋まらないであろう差がわかったんです。そしてしばらしくして落語を辞めました」

立川談志「うまい理屈が見つかったじゃねぇか」

伊集院光「本当です!」

立川談志「本当だろうよ。本当だろうけど、本当の本当は違うね。まず最初にその時お前さんは落語が辞めたかったんだよ。『飽きちゃった』とか『自分に実力がないことに本能的に気づいちゃった』か、簡単な理由でね。もっといや『なんだかわからないけどただ辞めたかった』んダネ。
 けど人間なんてものは、今までやってきたことをただ理由なく辞めるなんざ、格好悪くて出来ないもんなんだ。そしたらそこに渡りに船で俺の噺があった。『名人談志の落語にショックを受けて』辞めるなら、自分にも余所にも理屈つくってなわけだ。本当の本当のところは、『嫌ンなるのに理屈なんざねェ』わな」

図星だった。もちろん『ショックを受けてやめた』ことは本当だし、嘘をついたり言い訳をしたつもりなどなかったが、自分でも今の今まで気がつかなかった本当のところはそんなところかもしれないと思った。10年もの間、いの一番に自分がだまされていたのだから、完全には飲み込めていないけれど。

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伊集院光・立川談志との対談「噺家を辞めた理由」 | 世界は数字で出来ている (via burnworks)

(via an-k)

November 29, 2011
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まず、橋下新市長が「どうして日の丸・君が代にこだわったのか?」という戦術を全く理解していないという「大バカ、大間抜け」ぶりにあります。あれは非常にシンプルな戦術なのです。維新の人たちは、別に戦前の日本に戻したいわけでも「たちあがれ」的な形で高齢者のカルチャーに寄り添いたいのでもありません。

 そうではなくて「日の丸・君が代」で攻めれば「敵はきっとイデオロギーから反発して感情的になる」だろうというのが彼等の「狙い」なのです。そうして「庶民の生活レベルの話や、大阪全域の経済再建」などの実務的な、具体的な政策論を説く代わりに、イデオロギー的な橋下批判に彼らが専念すれば「シメシメ」という作戦です。

 イデオロギー的にカッカすることで、「反独裁」とか「反ファッショ」などという絶叫しかできない場所に追い詰められ、それが正義だと我を忘れた「反橋下」陣営を見ていると、中間層は選挙戦の展開を見ながら、これでは自分たちの民生向上にも閉塞感打破にも「全く役に立たない」という風に見てしまったわけです。

 こうなると完全に橋下氏の「思うツボ」です。一旦自分たちがモメンタムを獲得してしまえば、反対派が「反独裁」を叫ぶということは「漠然と橋下支持を固めた中間層」に対して「お前たちはバカだ」と見下しているということになり、「叫べば叫ぶほど票が逃げていく」無限の循環に陥るからです。まんまと罠にはまったわけで、以降は全く勝負にならなかったのです。弁解の余地はありません。

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「橋下イズム」と「ティーパーティー」その同時代性 | プリンストン発 新潮流アメリカ | コラム&ブログ | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト (via burnworks)

(Source: katoyuu, via burnworks)

November 29, 2011

(Source: abcdefgheidi, via motomocomo)

November 29, 2011

(Source: seldommonomania, via motomocomo)

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